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創業ストーリー

STORY

大学生時代

創業ストーリー 大学時代

茨城県にある筑波大学出身で、電車も遠いところにあり世間とは隔離された世界でした。

テレビや新聞を見なければ主に遊ぶことのみの情報しかない独特の環境で、世間のみんなが就活している時期に脳天気に遊び呆けていましたね。

ただ大学に入ってすぐの頃は田舎っぺの人見知りで友達も少なく、人と話せないさみしい時間を過ごすのがイヤで飲み会とかも行かずに家の部屋の隅っこで体育すわりしているような暗い学生でした。

そんな中、断っても断っても飲み会に誘ってくれる友人がいて「一回くらい行ってみてもいいかな」と思ってクラスの飲み会に行ってみたところ、いまでは結婚式も行きかうくらいの仲間たちに出会えた経験があります。

最初はその飲み会に参加するのはイヤイヤだったし、
その場ではそんなに話した記憶もないですが
飲み会での出会いがキッカケとなりカラオケしたり麻雀したり一緒に勉強して、いまでは仕事や家庭を応援し合う仲間です。

いまでは忙しかったり面倒だなと思うことがあっても

「あの飲み会に行ったら人生変わる出会いがあるかもな」
「あの人と打ち合わせする時間作ったら人生変わるような仕事につながるかもな」

という想いで行動する自分がいます。

この大学時代のちょっとした経験が僕にとって人生の一つの節目だったのかもしれません。

新卒の会社で堕落

創業ストーリー 新卒

大学卒業が近くなっても自分が何をしたいのかわからず、なんとなく受けたでITエンジニア職としてなんとなく入社。

「どんな仕事をしてるんですか?」

と聞かれて、

「座ってパソコン見てる仕事だよ」

と答えるようなダメな男でした。

田舎から出てきて知り合いのいない僕は、たまーに先輩や同期と飲みに行くくらいで、遊びにも行かず家と会社の往復だけを続けていました。

会社→家→会社→居酒屋 を繰り返す毎日。

この3か所を行き来する生活。いったんハマると中々抜けられないこのらせん。僕は今はこれを”魔のトライアングル”と呼んでいます。

嫌なことも特になく、だからと言って良いこともなく。休みの日も家の中でテレビを見て過ごす生活。

感情の起伏の無い自分に「何かモノ足りない…」とモヤモヤする日々を送っていました。

プライベートで活発に動いてみた

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この魔のトライアングルを抜け出して、「何かを変えたい!」と思うようになりました。

まずやったことは、多くの人と会って話をすることで

当時、流行っていたmixiのコミュニティーの交流会に参加したり

会社が終わった後に必ず人と会う予定を入れました。

飲み会や合コンを開くことも多くなり、友達の友達とも会ってまた飲み会して。

もちろん馬が合わない人も沢山いたけど、世界が広がりました。

人によって人は変わる。

これを実感した時期です。

この時期にいまの妻にも会いました。

自分の楽しいと思うことがわかってくる

創業ストーリー パーティー

飲み会の頻度が多くなり、1回の飲み会で呼びたい人も増えていきました。

みんなに会える機会をつくるため50人程度集めた一軒家貸し切りパーティーを毎月開催しました。

当時は毎月、パーティーへのお誘いも一人ひとりメールして誘ってましたが
いま考えるとよくやっていたなーと思いますね^^;

パーティー中に友達が他の参加者をしつこくナンパして、苦情がきたりしたのも良い思い出です()

パーティー中にみんなと話できる時間は楽しかったのですが

それにも増して仲間とパーティーの準備をしたり片付けしているときがかなり楽しいということを発見しました。

気付いたのは最近ですが、誰かと何かに向かって一緒に行動している時が僕が最も生を感じれる時なんです。代表としては失格かもしれませんが、僕にとって大事なのは結果じゃないんですよね。

社会人3年目でオラオラ系営業職へ転職するも、挫折

営業時代

プライベートが充実してきましたが仕事としてはまだ何がしたいかわからず大きく変化させようと考え営業職へ転職。

びしっとスーツを着て商談してという華やかな営業を期待していたのですが、実際はまったく違う世界が待ってました。

怒号が飛び交う朝礼。

工事現場の作業員を思わせる作業着。

突き指しそうなくらいのピンポン。

朝早く出社して帰りは終電。

お客さんを勘違いさせて取る営業手法。

辞めていく先輩や同期たち。

ブラック企業っていうのは従業員の受け取り方次第かもしれないですが…僕にとっては非常にブラック企業でした。

この会社はわずか半年で去りました。

再度転職し、システムエンジニアとして再起を図る

「やりたいことはライスワークをしながら副業でいろいろやって見つけていけばいいじゃないか!」

そんな気持ちで、スキルとしては向いていたシステムエンジニアに戻り、

会社外では副業としてシェアハウスやイベント企画をしました。

転職したIT会社の社長は非常に親身に話を聞いてくれ、私がシステムエンジニアとしてだけだと満足できないことを社長が理解してくれて新規事業開発にも関わらせてもらいました。

シェアハウスでのエピソード

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シェアハウスは、結婚していなかった彼女(現在の妻)との結婚資金を費やして世田谷につくりました。

もちろんケンカもしました()

「独立・起業したい人」というテーマのシェアハウスにしたため、集まった住人の個性がまーーー強い強い。

みんなでタコパしたり、外部講師を呼んでセミナーをしたり非常に楽しいこともたくさんありましたが、
家賃の未納や住人間のトラブル等もありかなり大変でした。

仕事が1番で生活が2の次という住人が多かったせいか、タバコがベランダに散乱していたり、水回りは汚い。共用ルームももちろん汚い。

住人が2階のお風呂のお湯を貯めたまま寝てしまい、お風呂のお湯が溢れて1階の天井が落ちてしまった時は立ちくらみものでした。

すべては自分が作った原因なのに、住人のせいにしてしてしまってましたね。

また当時の僕はシェアハウスには住んでおらず1時間以上かけて週2でシェアハウスに通って掃除しにいたため

「これがずっと続くのかと弱気になる時期もありましたね。

結局は住人の騒音トラブルで1年半でシェアハウスをたたむことになり、落ち込んだ一方で、

「もうシェアハウスのトラブルが無い生活がくるのか」ほっとする自分もいました。

いま考えると、住人ともっと話合いをしてもっと親密になっておけばよかったなーと思ってますが
いろいろ苦労したのもいい思い出ですねー。

弟が就職活動に苦戦し、僕の働いていた会社に就職。そして独立を考える

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僕が会社で働きつつ副業にも勤しんでいるちょうどその時に弟が就職活動に失敗し、卒業しても就職先が決まっていない状態になっていました。

兄としては見ていられず、私が働いていた会社の社長に弟を雇ってくれないか頼みこみ、新卒として入社させてくれました。

弟は初対面こそ苦手ですが、素直で仕事も飲み込みが早くお客様に喜んでもらえる非常に優秀なエンジニアに育ちました。

その経験からIT技術の力は、周りを便利にするという側面だけではなく

仕事に困っている人がIT技術を手に入れることで人生も変えるかもしれないなと感じました。

もしかしたら自分がやっていることは企業のシステムを作ることよりも、もっと大事なことができる能力を身に付けているかもしれない。

今の日本ではニートが増えていると言われています。

果たしてニートをしたくてしている人はどれくらいいるだろう。

就職して収入を得て自分の力で生きたいのに、それができずに悩んでいる人はどれくらいいるだろう。

このIT技術を教えることで、その人たちを救えるのではないか。

自分で独立してそれを実現していけたらいいかもな。そんなことを漠然と考えていました。

友人と会社を作るも、性格の不一致で離別

独立を考えていたころ、たまたま友人も独立を考えていたということで一緒に会社を作ることになりました。

しかし、経営方針が合わず1年弱で離別することを決意しました。

友人と作った会社を離れて、Luxy創業

Luxy

友人とつくった会社を離れた後は転職して他の会社に所属するという考えは全くありませんでした。

自分で会社を作ることによって人が集まるようなことをやりたいという想いは捨てきれず、Luxyを作りました。

 

大学生のころの福島県人会の立ち上げの経験や、社会人になってパーティーの経験をしたことで「人が集まって、みんなで同じ方向を向いて何かをやっている」という体験が自分にとっての生きがいであるということを薄々気づいていたのかもしれません。

そのためにLuxyという人が集まる箱を作ることは非常に自分にとって大切なことでした。

 

以前の会社の理念はどちらかというと、友人の会社の理念が強かった会社でしたが、

今は自分の理念で仕事をしています。

20170511_Luxyhoukokukai

Luxyが誕生してから約2年。

 

最初はバーチャルオフィスから始まりました。

今は仲間と一緒に新しいオフィスを構えることができました。

今はみんながより良い人生を作れるようなチームを作ろうと試行錯誤している段階です。

 

まだまだできていないことがたくさんあります。

まだまだ救えていない人たちが、たくさんいます。

 

もっと一緒に人生を作っていく人たちと出会って、

もっともっとたくさんの人たちと「世界を明るくしていく」ことができればいいな。

そんな気持ちで日々、奮闘しています。