フリーランスエンジニアは、仕事の受注から納品、代金の回収まで自分で行わなければなりません。それらをトラブルなく終えるためには、最初に取引条件についてしっかりと確認し合い、曖昧な点を排除しておくことが肝要です。
また、機密情報の漏洩や、口約束による言った・言わないのトラブルを未然に防ぐためにも、重要な決定事項は契約書に明記しておきましょう。これは取引先とフリーランス、双方を守るためにとても大事な書類となります。
とはいえ、口で言うのは簡単ですが、いざ交渉の席につくと思い描いていたように運ばないものです。特にITエンジニアは「技術」を生業としています。交渉事に不慣れな方も少なくないでしょう。場合によっては取引先に足元を見られ、不利な条件を突きつけられることがあるかもしれません。
企業対個人という構図からも、心理的に上下関係を作ってしまいがちです。しかし本来、取引先とフリーランスは対等な立場にあることを忘れてはなりません。ここでは、契約を取り交わす際などに、フリーランスエンジニアが一方的に不利な条件とならないよう、押さえておいてほしい交渉のポイントについてお話したいと思います。
フリーランスエンジニアの2つの働き方について
交渉のポイントについてお話する前に、フリーランスエンジニアには大きく分けて2通りの働き方があるという話をさせて頂きます。それはずばり、「常駐型」と「非常駐型」です。
常駐型
取引先に常駐して業務を行います。主に「準委任契約」を結びます。
※準委任契約・・・業務委託契約の一つで、開発対象の「完成」に責任を負いません。労働力を提供すること自体に対価が発生します。
非常駐型
自宅など、取引先に常駐せず業務を行います。主に「請負契約」を結びます。
※請負契約・・・業務委託契約の一つで、開発対象の「完成」に責任を負います。納品・検収の完了をもって対価が発生し、完成までのプロセスは問われません。
働き方の違い
現在、フリーランスエンジニアの約7割が「常駐型」、残りの3割が「非常駐型」と言われています。
それぞれの特徴を見て頂くと分かるように、「常駐型」の交渉で重要なものに「作業時間」や「残業の計算方法」などが挙げられますが、これは「非常駐型」にはあまり関係がありません。それよりも「非常駐型」では、「連絡手段」や「納品方法」「仕事の完了条件」「著作権の帰属」「瑕疵担保責任」などが重要となってくるでしょう。このように、働き方によって確認内容や優先順位が変わってくるものですので、その都度柔軟に対応して頂ければと思います。
本稿では主に、フリーランスエンジニア業界で大半を占めている「常駐型」の場合を想定して説明していきますが、基本的なことは同じですので、「非常駐型」の方もぜひ参考にして頂ければ幸いです。
契約の際に確認すべきポイント7つ
担当業務の詳細
まずは、担当する仕事の詳細を把握することから始まります。どういったプロジェクトの中で、どういった働きを期待されているのか確認しましょう。また、業務範囲は契約書に明記しておくようにします。後からあれもこれもと頼まれて、その割に報酬額は変わらないという事態になるのを回避するためです。
単価
単価の決め方についてですが、まず「支出」を計算することから始めます。人によって様々だと思いますが、例を挙げると以下のようなものがあります。
・家賃、水道光熱費、インターネット代、携帯代
・年金、健康保険、民間保険等の保険料・所得税、住民税、事業税、消費税
・食費
・交通費
最低限これらの合計金額を上回った収入を得なければ、生活が成り立ちません。取引先から単価を提示されることもありますが、その場合、消費税や交通費も提示金額に含まれているのか、それとも別途頂けるのか、振込手数料はどちらが負担するのか、といったことも明確にしておくようにしましょう。
さらに、他にも以下のような金額分を上乗せしておくと良いと思います。
・月々の貯蓄分
・突然契約解除となった場合のリスクヘッジ分
フリーランスには、賞与も退職金も、会社員時代の福利厚生等も一切ないのが基本です。将来や万が一に備え、計画的な貯蓄が必要となります。
また、突然契約を切られ、職を失う可能性もないとは言えませんし、そうなった場合の保障もありません。
そのような事態に備えて、次の職に就くまでのリスクヘッジ分を単価に上乗せしておきます。さらに戦略としては、交渉の幅を持たせるためにも、プラスで1~5万円程度を上乗せした金額から提示してみるのも良いかもしれません。
そしてもう一つ、単価を決める上で欠かせないことがあります。それは、「相場」を意識することです。仕事の種類や役割によって、業界の「相場」というものが存在します。そこからかけ離れた単価を提示すると、受けられる仕事の幅が狭くなってしまいますので注意しましょう。
以下に、業界のおおよその「相場」を掲載しておきますので参考にしてください。
※フリーランスで活動できる能力(実務経験3年以上)を有している想定での相場感です。
職種別の単価の違い
Web、オープン系 |
55~90万 |
汎用、制御系 |
50~80万 |
インフラ、運用、基盤系 |
50~80万 |
携帯、スマートフォン |
50~80万 |
開発ディレクション |
80~100万 |
役割別の単価の違い
開発支援(ドキュメント作成/補佐等) |
30~40万 |
PG(プログラマ) |
40~60万 |
SE(システムエンジニア) |
50~80万 |
フルスタックエンジニア |
80~110万 |
PL(プロジェクトリーダー) |
80~110万 |
PM(プロジェクトマネージャー) |
70~120万 |
システムアナリスト |
70~90万 |
システムアーキテクト |
70~90万 |
「作業時間」および「時間外労働の清算方法」
単価面で合意に至ったら、作業時間や時間外労働の清算方法などの条件面を詰めていきます。以下は報酬の支払条件としてよく見られるものです。
『単価 60万円/人月 (160 – 200時間 上下割)』
これは、「一カ月の作業時間が160~200時間であれば、その月は60万円支払う」ことを示していて、この160~200時間を基準時間と言います。
また、「上下割」という記載があります。作業時間が上限を上回った場合のプラス分、あるいは下限を下回った場合のマイナス分に対する清算の方法として、「上下割」と「中割」があります。
上下割
実際の作業時間が基準時間を上回ったり下回ったりしたときに支払われる報酬を計算する際に、作業時間の上限または下限を基準に計算する方法です。
<規定作業時間の上限を超えた場合>
1時間あたりのプラス単価 = 報酬÷上限時間
※上記の例では 60万円÷200時間=3,000円/時間
<規定作業時間の下限未満の場合>
1時間あたりのマイナス単価 = 報酬÷下限時間
※上記の例では 60万円÷160時間=3,750円/時間
中間割
実際の作業時間が基準時間を上回ったり下回ったりしたときに支払われる報酬を計算する際に、作業時間の上限と下限の中間値を基準に計算する方法です。
<規定作業時間の上限を超えた場合(下限未満の場合も同様)>
1時間あたりのプラス単価(マイナス単価)= 報酬÷((上限時間+下限時間)÷2)
※上記の例では 60万円÷((200時間+160時間)÷2)=3,333円/時間
また、これらの条件とあわせて、平均的な残業予測時間を聞いておくと良いでしょう。そこから、「常に忙しいみたいだし、上限を上回る可能性が高いな」とか、「今月は大型連休もあるし、下限を下回る可能性が高いな」といった判断を行うのに役立ちます。
ここで心に留めておいてほしいことは、「単価が高い」という事実だけでその案件に飛びついてはダメだということです。他の条件も含め、トータルで考えてください。たとえ単価が多少低い案件だとしても、規定の作業時間幅や時間外労働の清算方法によっては、単価が高い案件よりも最終的な報酬が高くなることは十分にありえます。またそうでなくとも、その仕事が自身の成長のためにプラスになるとか、今後の付き合いの幅が広がるといった理由から、単価が低い案件でも進んで選択することはあります。
支払いサイト
「支払サイト」とは、締め日から代金を支払ってもらうまでの期間のことを言います。一般的には「月末締め、翌月末払い」~「月末締め、翌々月20日払い」の間が多いですが、業務が長期間に渡る場合には、支払いが数カ月先というケースもあります。代金回収までの期間が長くなれば、その間に多くの資金が必要になります。
場合によっては死活問題となりますので、「支払いサイト」は必ず確認するようにしてください。取引先から提示されることが多いですが、条件が悪ければ遠慮せずに交渉しましょう。
また、資金繰りが一時的に厳しい状況などでは、仕事に着手した時点で、報酬の一部を「着手金」という形で受け取るといった方法もとられます。
瑕疵担保責任
「瑕疵担保責任」とは、たとえ納入した後でも、自分のミスによる不具合が発生した場合などに、一定の責任を負わなければならないというルールです。どこまで責任を負うのか、交渉時点で確認しておきましょう。
責任を負う「期間」は勿論大事ですが、その「発生条件」にも注意が必要となります。「納入時点」からなのか、それとも「稼働時点」からなのか。実際のところ、システムが本番稼働してからでないとバグが発覚しないと考えるユーザーもいますので、瑕疵担保期間の開始を本番稼働時点とするよう求めてくるケースもあります。そうなった場合、その業務は終了しているにも関わらず、本番稼働が遅れる分だけ、ズルズルと責任に縛られてしまう事態にもなりかねません。瑕疵担保責任の「期間」と「発生条件」は、きちんと確認しておくようにしましょう。
著作権の帰属
何も取り決めがなかった場合、開発者側に「著作権」が自然発生することになりますが、一般的には、取引先側に帰属する旨を契約書に明記することが普通です。しかし、納入後も、「著作権」は開発者側にあり続けるよう交渉するケースもあります。例えば、イラストや写真、ライブラリ等、横展開可能な著作物を使用していた場合、それらの二次利用を阻止するため、そのような交渉を行うことがあります。ご自身の今後の事業展開などを踏まえた上で判断すると良いでしょう。
損害賠償責任
何らかのトラブルが起きた場合に、支払わなければならない損害賠償金の上限金額を取り決め、契約書に明記しておきましょう。「契約金額を上限とする」や「甲乙協議の上定める」といった文言があれば、割に合わない金額を請求される事態を回避できます。
まとめ
以上、フリーランスエンジニアの為の交渉のポイントについて説明してきました。他にも色々あると思いますが、常識的な範囲内であればそれほど気にすることはないでしょう。「交渉力」も自分の能力の一つです。本稿の内容が、よりスマートな交渉を行う一助となりますことを願っております。